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京都地方裁判所 昭和38年(行)4号 判決 1964年4月24日

原告 鳴海勝之助 外一名

被告 中京税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外三名

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告等は、それぞれ「被告が当該原告に対し、いずれも昭和三六年一二月二〇日なした昭和三五年分所得税の更正処分を取消す。」との判決を求め、各請求原因として、

「一、被告は、いずれも昭和三六年一二月二〇日、原告等に対し、それぞれ昭和三五年分のその所得税につき、その総所得金額を原告勝之助の分については金二、四五九、七五〇円、同滋の分については金三、〇七四、二一三円とする各更正処分(以下本件各更正処分という。)をなし、それぞれこれを原告等に通知した。しかして、本件各更正処分における原告等の右各総所得金額中には、原告勝之助の分につき、同原告が昭和三五年一一月三〇日その所有にかかる京都市上京区中立売通裏門東入多門町四三七番地の一宅地九四坪七合六勺及び同市同区智恵光院通中立売下る山里町二三五番地の一宅地九合二勺(以下原告勝之助の本件土地という。)を訴外乾織物株式会社に代金四、七八四、〇〇〇円で売渡した際の譲渡所得として金一、六九九、五〇〇円が、また、原告滋の分につき、同原告が同日その所有にかかる同市同区中立売通裏門東入多門町四三六番地の一宅地一五七坪五合八勺及び同市同区智恵光院通中立売下る山里町二三五番地の三宅地一坪(以下原告滋の本件土地という。)を右訴外会社に代金七、二二六、一〇〇円で売渡した際の譲渡所得として金二、五七五、〇〇〇円がそれぞれ算入されている。

二、ところで、原告等がそれぞれその本件土地を右のように売渡したことは事実であるが、右各譲渡所得については、次に述べるとおりいずれも居住用財産の買換の場合として租税特別措置法(昭和三八年法律第六五号による改正前のもの。以下同じ。)が適用さるべきであり、同法を適用してこれを計算すると、それぞれ原告勝之助の右譲渡所得額は金一九三、三八五円、原告滋のそれは金一、三五一、五九〇円となるはずである。しかるに、本件各更正処分において、被告は、原告等の右各譲渡所得につき、いずれも同法を適用せず、その額をそれぞれ前項で述べたとおりに認定したのであるから、この点において本件各更正処分はいずれも違法である。

即ち、原告勝之助及び滋の各本件土地は、元来いずれも第二次世界大戦中の強制疎開により取毀された住宅の敷地であつて、原告等もその当時強制疎開によりそれぞれその住宅を取毀されたので、将来その本件地上に自己の住宅を建築することを意図して、原告勝之助は昭和二六年一二月頃、また、原告滋は昭和二二年五月頃、それぞれこれを買受け取得したものである。そして、原告等はいずれも昭和三五年三月その各本件地上に自己の住宅を建築すべく、その設計見積りを訴外平安建設株式会社に、また、その各本件土地の整地を訴外山崎組にそれぞれ依頼し、同年五月頃には右整地はいずれもほぼ完了していたのである。しかして、その間原告等は、いずれも仮住居に仮寓していたのであるが、たまたま右住宅建築に着手する前に訴外乾織物株式会社から原告等に対し、その各本件土地を買受けたい旨申入れがあり、そこで原告等は、いずれもその居住の用に供する土地、家屋を買換えることにして、それぞれその本件土地を前項で述べたとおり右訴外会社に売渡したのであつて、以上の事実からして、原告勝之助及び滋の各本件土地は、いわゆる譲渡財産として租税特別措置法にいう居住用財産に該当するものである。そこで、原告等は、いずれも右各譲渡所得につき居住用財産の買換の場合として租税特別措置法の適用を受けるべく、昭和三六年三月一五日それぞれその昭和三五年分所得税の確定申告書にその旨及び右譲渡価額等同法所定の事項を記載し、これを被告指定の居住用財産の取得価額の見積額等の承認申請書と共に被告に提出し、受理された。その後、原告等は、それぞれ租税特別措置法所定の期間内に自己の居住用財産である住宅を買換により取得し、これに居住したのであるが、いずれもその本件土地の譲渡による収入金額が右取得にかかる住宅の取得価額を越えたので、更に同法所定の期間内にそれぞれ同法所定の方法により算出し前述の原告等主張の各譲渡所得額を記載した修正申告書を被告に提出した。

以上により、原告等の右各譲渡所得につき、租税特別措置法を適用せずになされた本件各更正処分は、いずれも取消さるべきである。

三、そこで、原告等は、いずれも昭和三七年一月一八日、被告に対し、それぞれ自己に対する本件更正処分につき、前項のとおり異議がある旨申述べて、その再調査を請求したが、いずれも同年二月一二日付で、それぞれ原告勝之助及び滋の各本件土地が租税特別措置法にいう居住用財産に該当しないとの理由により右再調査請求を棄却する旨の再調査決定の通知を受けたので、更に原告等は、いずれも同年三月一〇日、大阪国税局長に対し、それぞれ右再調査決定につき、右と同趣旨により審査の請求を申立てた。ところが、同局長は、同年一一月六日、右各審査請求につき、前述の原告等が昭和三五年五月、それぞれその本件土地につき該地上にその居宅を建築しようとしてなした整地のために要した費用を土地改良費として、原告勝之助の分については金二〇四、一八三円、また、原告滋の分については金三四二、六八四円と認定し、これを理由にそれぞれ本件各更正処分における原告等の右各譲渡所得額を、原告勝之助の分については金一、五九七、四〇八円に、また、原告滋の分については金二、四〇六、七〇八円にそれぞれ減少すべく(従つて、前述の各総所得金額も同額の減少になる。)、その限度において、右各調査決定従つて、本件各更正処分をそれぞれ一部取消すが、前項で述べた点に関する異議については、前述の各再調査決定と同一の理由により認容できないとの各審査決定をなし、右各審査決定は、いずれも昭和三七年一一月一二日、原告等にそれぞれ通知された。

四、よつて、原告等は、それぞれ第二項において述べた瑕疵を理由に自己に対する本件更正処分の取消を求める。」

と述べ、被告の主張に対して、

「原告勝之助及び滋の各本件土地が、いずれも昭和二〇年頃以来引き続き、右各譲渡当時においても、空地であつたことは、これを認める。

しかし、租税特別措置法にいう居住用財産たる土地とは、被告主張のように現に居住家屋の敷地に供されている土地に限るものではない。」

と述べた。

被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、

「一、請求原因一の事実は、すべてこれを認める。

二、請求原因二の事実中、被告が、原告等主張のその各譲渡所得につき、いずれも租税特別措置法を適用せず、その額をそれぞれ原告等が請求原因第一項において主張のとおり認定したこと、原告等がそれぞれ、その本件土地をその主張の頃に買受け、その主張の頃、その主張の代金で、訴外乾織物株式会社に売渡したこと及び、原告等がそれぞれその主張のように、租税特別措置法の適用を受けようとしてその主張のような記載のある昭和三五年分所得税の確定申告書及び承認申請書を被告に提出し、被告がそれぞれこれを受理したことは、これを認めるが、原告勝之助及び滋の各本件土地が、いずれも戦時中の強制疎開により取毀わされた住宅の敷地であること、その頃、原告等の住居も同様疎開により取毀わされたこと、原告等がそれぞれ将来その本件地上に自己の居宅を建築することを意図して本件土地を取得したこと、原告等がそれぞれ、その主張のように、本件土地の整地とその地上に建築する住宅の設計を依頼したこと、右整地が原告等主張の頃にほぼ完了したこと、原告等が、その主張のように仮住居に仮寓していたこと及び、原告等が、それぞれその本件土地を右訴外会社に売渡したのは、その主張のように同会社からの申込によるものであることは、不知であり、その余の事実は、これを否認する。

三、請求原因三の事実中、原告等に対する各審査決定において認められた各整地費用が、原告等主張のように昭和三五年五月自宅を建築するためになされた際の整地に関するものであることは、これを否認するが、その余の事実は、すべてこれを認める。」

と述べ、なお、主張として、

「租税特別措置法にいう居住用財産たる土地とは、客観的にみて、居住家屋の敷地に供される土地、即ち居住家屋の敷地に供されている土地をいうのであつて、居住家屋の敷地に供されていない空地は、同法にいう居住用財産に該当しないものと解すべきところ、原告勝之助及び滋の各本件土地は、いずれも昭和二〇年頃以来空地であつたもので、その後引き続き、原告等がその主張のようにこれを訴外乾織物株式会社に売渡した当時においても、依然空地のまま放置されていたのであるから、右各本件土地は、いずれも同法にいう居住用財産に該当しない。従つて、本件各更正処分には、原告等主張のような違法はない。」

と述べた。

(証拠省略)

理由

被告が、いずれも昭和三六年一二月二〇日原告等に対して本件各更正処分をなしたこと、原告勝之助に対する右更正処分においては、その総所得金額を金二、四五九、七五〇円とし、その中に同原告が昭和三五年一一月三〇日同原告の本件土地を訴外乾織物株式会社に代金四、七八四、〇〇〇円で売渡した際の譲渡所得として金一、六九九、五〇〇円が算入されており、また、原告滋に対する右更正処分においては、その総所得金額を金三、〇七四、二一三円とし、その中に同原告が同日同原告の本件土地を右訴外会社に代金七、二二六、一〇〇円で売渡した際の譲渡所得として金二、五七五、〇〇〇円が算入されていること、原告等の右各譲渡所得の計算については、いずれも租税特別措置法が適用されていないこと、そこで、原告等は、いずれも昭和三七年一月一八日、被告に対し、右各譲渡所得の計算については当然同法の適用があるべきであるとして、それぞれ自己に対する本件更正処分につきその再調査の請求をなしたが、いずれも同年二月一二日付で、原告等の各本件土地が同法にいう居住用財産に該当しないとの理由により、原告等の右各再調査請求がそれぞれ棄却され、その旨原告等に通知がなされたので、更に原告等は、いずれも同年三月一〇日、大阪国税局長に対し、同趣旨のもとに、それぞれ右各再調査決定につき審査の請求をなしたこと、ところが、同局長は、いずれも同年一一月六日、原告等の右各審査請求につき、原告等がそれぞれその本件土地の整地のために費した費用を土地改良費として、原告勝之助の分については金二〇四、一八三円、原告滋の分については金三四二、六八四円と認定し、それぞれその限度において原告等に対する右各再調査決定従つて本件各更正処分を一部取消すが、いずれも、右各再調査決定と同一の理由により、原告等の右各譲渡所得につき租税特別措置法を適用することは認められないとの趣旨の各審査決定をなしたこと、そして、右各審査決定が昭和三七年一一月一二日、当該原告にそれぞれ通知されたこと、原告等が夫々その主張の日時その主張の各本件土地をその主張の金額で訴外乾織物株式会社に譲渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、被告が、本件各更正処分において、原告等の各本件土地譲渡による譲渡所得につき、居住用財産の買換の場合として租税特別措置法を適用しなかつたことの適否について判断する。それには先ず、原告勝之助及び滋の各本件土地が、いわゆる譲渡財産として、それぞれ同法第三五条にいう居住用財産に該当するものであるか否かについて考える。

一般に、右の譲渡財産としての居住用財産たる土地とは如何なる土地をいうかについてみるに、それを定義した租税特別措置法第三五条第四項第一号の文言のほか、国民の住宅建設促進の見地から居住用財産の買換の場合の譲渡所得の課税標準につき特例を設けることにした同法の立法趣旨、同条と同趣旨の規定である昭和三二年法律第二六号による改正前の旧租税特別措置法(昭和二一年法律第一五号)第一八条においては、右居住用財産たる土地に相応するものとして「当該家屋(居住の用に供する家屋)の存する土地」が限定的に規定されていたのであるが、右租税特別措置法第三五条第四項第一号においては、わざわざこれを「当該家屋(居住の用に供する家屋)の敷地に供される土地」と改められた立法の変遷及び課税の公平性を併せ考えると、右にいう居住用財産たる土地とは、客観的に居住用家屋の敷地に供される土地であつて、被告主張のようにその譲渡当時、現に居住用家屋の敷地に供されている土地のみに限定すべきではなく、現に居住用家屋の敷地に供されていない空地であつても、例えば、土地と共に当該地上に所有していた居住用家屋がたまたまその所有中に取毀わされ、或は風水害、火災等の災害により滅失したため空地になつているが、その空地とされている期間がいまだ長期に及ばない宅地(昭和三五年一月一六日付国税局長宛国税庁長官通達参照)、或は、その土地の所有者において、該地上に居住用家屋の建築を企図し、既にその居住用家屋の設計が完了し、その計画につき建築基準法の定める確認を経ている等その建築されるべき居住用家屋の規模、構造、間取までが確定済で、その建築に着手後又は、まさに着手しようとしていた時に、たまたま予期しなかつた事情によりその土地を譲渡することになつた場合の当該宅地等、客観的にそれが居住用家屋の敷地に供されるものであることが明らかな土地もこれに該当するものと解すべきであるが、単に、それが宅地であること、或は、主観的にその所有者の所有目的や意図が居住用家屋の敷地に供することにあるというだけでは、いまだその土地は右にいう居住用財産たる土地には該らないものと解せられる。これを原告勝之助及び滋の各本件土地についてみるに、右各本件土地が、いずれも昭和二〇年頃以来、引続き約一五年間、前示各譲渡当時においても、全くの空地であつたこと、しかも、原告勝之助はその間の昭和二六年一二月頃、また、原告滋は同様昭和二二年五月頃にそれぞれこれを空地のままで買受け取得したものであることは、当事者間に争いがないところであつて、原告等は、いずれも昭和三五年三月頃、右各本件地上にその居住用家屋を建築すべくその設計及び整地を依頼し、同年五月頃にはそれぞれ右整地がほぼ完了していたと主張するけれども、証人小山常芳の証言によれば、原告勝之助がその主張の頃、訴外平安建設株式会社に右各本件地上に建築すべき家屋の設計について、相談を持ちかけただけであつて、昭和三五年五、六月頃には右各本件地上の如何なる部分に如何なる規模、構造、間取の家屋を建築するか等その具体的な事項については、いまだ全く確定せず、また、その整地もいまだなされないまゝの段階で、原告等の居住用家屋の建築計画は、いずれも立ち切れてしまつたことが認められ、従つて、原告等の右建築計画は、いずれも単にその主観的意図を出でないものであつたと言わざるをえない。してみると、原告勝之助及び滋の各本件土地は、いずれも前示の意味で客観的に居住用家屋の敷地に供される土地に該当しないものであることが明らかである。なお、また原告等は、いずれもその各本件土地が、戦時中の強制疎開によつて取毀された住宅の敷地であつて、原告等も当時、強制疎開によつてその住宅を取毀されたものであり、将来その各本件地上に自己の住宅を建築することを予定してそれぞれこれを買受け、その後はいずれも仮住居に仮寓していたものであることも主張しているが、仮に右原告等主張の事実が認められたとしても、前示各事実を考え併せば、そのことは、右各本件土地が客観的に居住用家屋の敷地に供される土地であるというための根拠にならないものであることは、前示説明からして明らかである。そうだとすると、原告勝之助及び滋の各本件土地は、いずれもいわゆる譲渡財産として租税特別措置法にいう居住用財産に該当しないものであるから、更にその他の要件について判断するまでもなく、被告が、本件各更正処分において、原告等の前示各譲渡所得につき、いずれも同法を適用しなかつたことは適法であつて、本件各更正処分には、いずれも原告等が主張するような瑕疵は存在しないものといわねばならない。

よつて、原告等の本訴請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 喜多勝 露木靖郎 米田俊昭)

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